DUAL LIFE PRESS デュアルライフプレス

無理せずにできるところから田舎暮らしをしたい。 二地域居住を実現するヒントや情報をお届けします。

March 2011

東日本大震災での被災者支援のために
昨日2011年3月30日、
全国の災害支援関係のNPO、NGOなど
民間団体のネットワークが発足しました。

「東日本大震災支援全国ネットワーク」

民間団体が個々に活動していますが
すでに物資が行き届いている地域もあれば
支援がまったく届かず、見落とされている地域もある。

民間団体で連携し、情報を共有することで
効率的、効果的に支援を広げていこうという
趣旨で発足したものです。

ホームページを見るとわかるのですが、
私たちができる行動について
その手順や手続き方法が
きちんと整理されて掲載してあります。

・ボランティアをする
・支援物資を送る
・寄付をする


なにかいま、この国で、
とてつもないことが
始まっているような気がします。

災害情報や地震情報、消息を伝言するためにTwitterが役に立ち
安否確認や連絡網としてFacebookを活用するなど
利用者はメディアの特性に気づき、
知らず知らずにそれを最大限に利用しています。

日本の民主主義を語るとき、
ここ数日の出来事はきっとエポックメイキングとして
位置づけられるような気がしてなりません。

これまで声をあげることのなかった
サイレントマジョリティが
産声をあげたかのような……。


これまでの秩序は解体され、
再定義され、再構築されていく。

そしてこの動きは
別のムーブメントとなって
生活を、環境を変えていく
大きな力になるはずです。


Twitter:東日本大震災支援全国ネット情報チーム


東北芸術工科大学と山形大学有志が
被災地のボランティアのために
立ち上げた「福興会議」

慶応大学の学生ともリンクして
具体的なプロジェクトとともに
さまざまな分科会が展開しはじめました。

現在、具体的に動き出したのは
「坂茂さんの仕切りユニット」

避難所に簡単に設置できる
カーテン状の間仕切りシステム。

紙菅の柱と木綿布のカーテン、
安全ピンやガムテープ、クリップなどで
プライベートスペースを簡単に作れます。

ボランティアでの設置作業のお手伝いができる方や
間仕切りユニットを設置するための募金を募っています。


詳細はHPへ 




東京電力は莫大な賠償金を支払えず、
国が立て替えるしかない。
だから東電が持っている送電線を担保にとり、
インフラとして道路のように自由利用の原則に戻せば
発電、送電、配電が分割されて
自然エネルギーの未来が一気に開ける。

【田中優×小林武史緊急対談】に光明をみました。


日本では限られた電力会社が大規模な発電所をつくり、
送電して、家庭や事業所に配電する仕組みになっています。

そのため小規模な自然エネルギー発電を行っても
電力会社に購入してもらえなければ、
地域で融通しあうことができません。

送電線を電力会社が押さえているために
火力や原子力、自然エネルギーなど
配分をどのようにするかは
電力会社に決められてしまう。

どんなに低コストで優れた自然エネルギー発電でも
送電することができなければ
閉じられた場所でしか使うことができない。


もし、家庭のソーラーパネルや
その地域の自然エネルギー発電で得た電力を
融通しあうことができるようになれば
原発などの発電所を減らしていくことができます。
電力会社の規模はもっと小さくなり、
発電のコストは下がって料金も安くなる。


この大震災によって多くの人が
深い悲しみのなかに叩き込まれてしまいました。
でも、この機会だからこそ、
これまでひと握りの既得権者によって
独占されてきたこの国のぶ厚い構造に
風穴を開けることができるかもしれない……。


この対談は、
日本が抱えるエネルギー問題の核心が整理され、
とてもよくわかる内容になっています。

電力会社が計画停電を打ち出し、
その報道のために
原発事故や核廃棄物問題を解説する時間は削られています。

ここにきて電力料金の値上げをアピールするようになりました。
また、原子力発電ができなくなったことによる
発電能力の不足を伝える報道も増えてきています。


もし電力が不足するならば、その範囲のなかでやりとりすればいい。
本当に注目すべき核心は、別のところにあります。



田中優の"維持する志"
http://tanakayu.blogspot.com/

エコレゾウェブ
http://www.eco-reso.jp/index.php

明け方、唐突な問いかけが頭に浮かんで目が覚めました。

「自衛隊が災害復興隊という名称に変わったらどうなるんだろう」

起きぬけでぼんやりとやり過ごしていたのですが
どうもその考えが頭から離れない。

ちょっと備忘録的に……。


現在の自衛隊の活動は災害復興隊そのもの。
被害を受けている地域の最前線に入り
不休の救出活動を行っています。

人命救助のモチベーションも高く、本当に頭が下がります。


しかし、自衛隊は軍隊なので
(軍隊でないという方もいるかもしれませんが)
「人を殺す」という前提を拭い去ることができません。

災害復興隊は人を助けるのが使命。
名称を変えることで、その目的がより明確になり、
価値観が転換するのでは、と思ったのです。


軍隊に入るということは、
国民を守るという大義のために
相手の命を奪うこと――
こうした観念から逃れることはできません。

災害復興隊は人を殺すことが目的ではありません。
むしろ人の命を救う「海猿」
(←これは海上保安庁だけど…)
のようなイメージでとらえられる。

某都知事選立候補者は
「高校卒業後は徴兵制にすべきだ」
といって失笑をかったようですが
「高校卒業後は災害復興体験すべきだ」なら、
反対する人はぐっと減ったかもしれません。

なによりも、人命救助という崇高な目的が明確になり、
入隊希望者は増え、
隊員の士気はより一層高まるでしょう。


当然、日本国外で起きた災害にも派遣されます。
というか、常時、どこかで複数の部隊が活躍するのが前提。

この活動は、いずれ日本が窮地に陥った時に
必ず手を差し伸べてくれる善意の行動へとつながる。

今回起きた大震災のようなときは、
家屋を失った方々も
希望者は災害復興隊に組み入れられ
復興活動と同時に国から給与が支払われる。

災害復興隊は救出からライフラインの確保、
仮設住宅の設置、道路の建設、都市の造成まで
系統だった指揮下の元に一元化され
兵站や復興の初期段階までのノウハウが蓄積される。


所有できる火器の範囲はどのように考えるべきか――。

治安維持という名目のために、
火器の使用は放棄しません。

では空母は……災害復興のためなら有効でしょう。
無人探査機……これも搭載可能。
地対空ミサイル……?

どこまでで線引となるか……。

これは政治で決めていくのでしょう。
使える火器が際限なく増えていくと
現在の自衛隊となんら変わらなくなるばかりか
むしろ軍拡化しているとみなされるかもしれません。

災害復興隊を公に宣言し
機能し始めたとき、
日本は人命救助大国となります。

人命救助に特化した部隊をもつ国を
攻める国があるでしょうか……。


海上の国境を守る軍備はどうなる……?
国境警備隊は海上保安庁管轄だが、軍隊なしで国境線は保全できる……?
名称を変えることは自衛権を放棄することになる……?


9.11のあと、自衛隊をPKOとして
海外派兵する動きがありましたが、、
自衛隊という名称であるかぎり、
軍事力を行使する範囲の
拡大ととられる可能性があります。


自衛隊という名称では、
都市復興まで含めた
このニュアンスは伝わらないのです。



JR中央線・豊田駅から歩いて8分。

「多摩平の森」という団地で
シェアハウスや菜園付き住宅といった
新しいリノベーション物件が登場しました。

ここは大正時代には宮内省が御用林とした
緑の濃い日野台地のモミの森。

樹齢50年を超えた広葉樹に囲まれた団地で
団地型シェアハウス「りえんと多摩平」
「菜園付き団地」
入居者の募集をはじめています。


シェアハウスは
キッチン+アトリエ土間+トイレをシェアする
1階の「アトリエシェア」が6部屋。

キッチン+トイレを3人でシェアする
2階〜4階の「スタンダードシェア」が72部屋あります。


菜園付き団地は
1LDK+専用庭付きタイプの
1階の「ヤードハウス」が6部屋。

庭をレンタルする「コロニーガーデン」は
小屋つき専用庭が3区画(約50平米)、
専用庭のみが6区画(33or50平米)設けられました。


このほか
東屋を併設し、バーベキューサイトのある
広場の「ひだまりファーム」や
42.3平米の広々とした1LDKの
2階〜4階「スタンダードルーム」が
18戸用意されています。


「多摩平団地」が造られたのは
昭和32年〜35年にかけて。

日本住宅公団の土地区画整理事業として整備された後、
約30haの敷地面積に賃貸住宅2792戸が一挙に建設されました。
中層4階建てを中心に、テラス住宅2階建ても多く造られたんですね。

公団は、昭和61年頃から30年代に建設された
賃貸住宅団地の建て替えに着手。
日野市や住民自治会との話し合いが行われ、
平成12年ごろに建て替え事業を開始。
「多摩平の森」として全面的な建て替えが進められています。


東京郊外の大型団地は入居人口が減少する傾向にありますが
家庭菜園やシェアハウスで団地がどのように活性化していくか
これから住む住民たちの動向が楽しみです。


空いていて使っていない自宅の部屋や
賃貸住宅の空室、寮や社宅など
これらを仮住まいの場所として
一時的に被災者に提供する。

この震災をきっかけに、
そんな動きがはじまろうとしています。


「仮り住まいの輪」企画書


被災者と受け入れる側とをマッチングさせる
プラットフォーム。


自宅で他人と共生するという発想はあっても
実際にカタチにして提示するということはできませんでした。

被災者に対する共感が
この壁を突き破ろうとしています。

他人と住むことでさまざまな障害が出てくるかもしれませんが
どうすればお互いが心地よく過ごすことができるか、
これからのトライ&エラーで知恵が蓄積されていくことでしょう。

いまは被災者を対象としたものですが
このスタイルは、日本の住まいの建築デザインだけでなく
観光など都市と田舎との人の流れにも
大きな影響をおよぼすと考えています。


「仮り住まいの輪」
HP:www.karizumai.jp/
Twitter:twitter.com/karizumai_wa
Facebook:www.facebook.com/karizumai


<エネルギーも地産地消! 脱原発で2050年には自然エネルギー100%に>

3.11から数日を経て、
電車に乗っているときに印象深かったのは
「計画停電」なるものが強制的に行われても
静かで平穏な日常がそこにあることでした。

少なくとも中央線に乗っているこの人々は
停電せざるを得ない状況を粛々と受け止め、
協力しているように見えました。

もし、この乗客に
「このような停電生活が何年続いたとしても
原子力発電の開発と利用に反対しますか」
と聞いてまわったら
ほとんどの人が「反対する」と
答えるような気がしてなりませんでした。


東日本大地震と大津波は予想をはるかに超えた天災ですが、
福島原発事故については明らかに想定、警告されていた人災です。
未曾有の震災が暴いた未曾有の「原発無責任体制」 Foresight)


これからのエネルギー政策を考えると
原子力発電への依存度を弱め
自然エネルギーを活用していくのが
堂々とした正しい道筋であると思います。


個人住宅にも太陽光などの自然エネルギー発電を設け
それらをインターネットのように網の目状につなぐことができれば
大規模な発電所は必要最小限に抑えることができるのではないでしょうか。

「地産地消」の考え方は、食べ物だけではなく
エネルギーにも有効なはずだから。


2050年、日本のすべてのエネルギーは
自然エネルギーに転換できるというレポートが発表されました。
「無計画停電」から「戦略的エネルギーシフト」へ 環境エネルギー政策研究所)

3.11以前であれば、どんなに有効なプランであっても
“実現可能性のある考え方のひとつ”
と棚上げしてしまったかもしれません。


しかし、3.11以降、
価値観は大きく転換してしまいました。


これまで棚上げしていた問題を
現実に起こった悲劇として目の前に突き出されたいま
もうこのまま"見なかったこと”にするわけにはいきません。


「思い」は「アクション」に変えていくべきなのです。


新潟県長岡市に立ち上がった
東日本大震災ボランティアバックアップセンター」。

このホームページでは、今回の地震の被災地が
どんな状況になっていて何を必要としているか、
情報を収集・整理して把握できるようになっている。

現在、「ニッポン応援プロジェクト」として
広く、一般に対して以下のボランティアを募集中だ。
Twitter隊員募集
災害生活マニュアル『OLIVE』PJ配布
負けないニッポン写真プロジェクト

バックアップセンターは
被災地から収集した情報を、
被災地に向かうボランティアに提供し、
的確な物資支援を行うために設置された。

この団体の母体となっているのは
「長岡災害支援ボランティアセンター」。
新潟福島豪雨水害、中越地震、H18豪雪、
中越沖地震といった激甚災害を経験した長岡で
今後の災害に備えた「被災時対応検討会」の
メンバーが参集して構成されている。

各県に設置されたボランティアセンターと連携し
中核組織のひとつとしてすでに機能を果たしている。

この対応の素早さはすごい。
拡散もふくめ、ツイートよろしくお願いします。
  ↓
Twitter@backup_vc東日本大震災ボランティアバックアップセンター

被災して家屋を失った人々はどこに住めばいいのか。

ひとつの提案として、ゴルフ場を仮設住宅地とするプランがようやく動き始めようとしています。

ゴルフコースコメンテーターのマサ・ニシジマ氏や戸張捷氏の働きかけにより
経済産業省がJGA東北ゴルフ連盟に対し
避難場所の提供と被害状況を把握する呼びかけを始めました。

もちろん東北のゴルフコースも被害を受けており、、
コースに亀裂が入ったり、クラブハウスが倒壊しているところもあります。

まずは被災された方々の生活環境が整わないかぎりは
近隣のゴルフ場の復活はありえないわけで
ゴルフ場によってはすでに閉鎖を決め、従業員を解雇したところもあると聞いています。

しかし、こういう後ろ向きの方策だけでは
復興を早めていくことはできません。


もしゴルフ場を仮設住宅地とすれば、
被災した側からみれば、
すみやかに広大な場所を提供してもらえる利点があります。
そこには大浴場も、レストランも、ヘリが離発着できる場所も、
休息できる施設もある。

一方、クラブハウスが防災センターとしての役割を担うことができれば
そこに雇用が生まれ、いくらかは復興支援のための資金も投入されることになり
経営を当面維持しながら社会貢献ができるという、
ゴルフ場側のメリットもあるはずなのです。


もうひとつ、ゴルフ界として動くべき方策は
「ドネーション・タックス」です。

経済がまわらなければ復興への道のりは遠くなってしまう。

ただ、いかに被災地から離れているとはいえ、
このご時世にゴルフをすることへの気後れも当然ある。

そこでプレーする人から
200〜300円程度の「復興協力金」を徴収し
災害復興へ貢献してもらいながら
気兼ねなく楽しんでもらおうというのが趣旨です。


いずれのプランも、JGAが主体となり、
率先して声をあげてもらえればと思います。

多くのゴルファーがこの考えに賛同してくれることを願います。

山形県上山市や石川県穴水市での
農作業をつうじて田舎と都会に住む自分とのかかわりを
大切にしてきた「田舎時間」。

その発起人である貴山さんが会社を立ち上げて
田舎の観光を再構築しようとしています。

名づけて「田舎ダイブ」。

地元の人でも気づかないその土地の魅力を再発見し
YouTubeやTwitterで観光情報を発信しています。

その第一弾が和歌山県田辺

超うまそうなフレッシュみかんジュースや
わかめしゃぶしゃぶ、餅投げ(?)や
独特な方言「ほにょーほにほに」など、
ディープな田舎町がだんだん明らかになっていく。


脱力系ですが、徐々にハマって
この町に行きたくなるのはなんでかな?


和歌山田辺観光チャンネル(YouTube)

東北地方の復興のためになにができるか。


山形市にある東北芸術工科大学の関係者の
Twitterコミュニティが母体となり
「福興会議」がはじまりました。
Twitter:@fukukou_act

地震翌日の3月12日に発議され、
現在、80人規模の学生や有志が集まって
中長期的な復興アクションについて
ブレストを重ねています。

この会議の狙いは
3.11以前の街の再興を意味する「復興」ではなく
3.11以後に改めて追い求める「幸福」のかたちを
被災した人々とともに考え、デザインし、分かち合うこと。

山形出身の絵本作家、荒井良二さんや
放送作家の小山薫堂さんなど
これまで芸工大のムーブメントに参加してきた
メンバーも参加し、
その活動がはじまろうとしています。

「福興会議コミュニティ+活動カテゴリー」
http://twitpic.com/4b9e7c

このたびの東日本大震災では
多くの方が家屋を奪われ、命を落としました。

被災され、家族や友人を失い、困難な状況にある方々に対し
心から哀悼の意を申し上げます。


M9.0の地震のあった3月11日、
私は古くからの大切な友人をひとり亡くしました。

すでに一週間が経ちましたが
いまだ、心の整理がついておりません。

しかし、仲間がネットで配信した「つぶやき」のなかに
激しく心を揺さぶられ、救われる気持ちになった
力強く、そして志高い言葉がありました。

それは、立教新座高校の卒業生に向けられた
校長先生からのメッセージでした。



「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ(校長メッセージ)」
http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/



つらく困難な時代はこれから長く続くかもしれませんが
未来は決して暗いものではない。

「希望」を胸に秘めた若者たちが
これからの未来をつくっていく。

彼らの足元を照らし、支え、背中を押してあげることが
遺された私たちにできることなのではないか――


自問自答を繰り返しながら
これからも前へ進んでいこうと思っています。

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